2007/10/15

●最初のお話『星の銀貨』の主題による3つの変奏

 むかしむかし,あるところに,ひとりの少女が住んでいました.お父さんもお母さんも死んでしまって,食べ物も住む家もなくなり,シャツとスカートとひときれのパンだけが,少女に残されました.
 少女がパンを持って原っぱをとぼとぼ歩いていくと,貧しい男がやってきました.その男は少女に「手に持っているパンを私におくれ.おなかがぺこぺこなんだ.」と言いました.かわいそうに思った少女は,その男にパンをあげました.
 少女がまたとぼとぼ歩いていくと,はくスカートのない女の子が,少女のはいているスカートを欲しがりました.かわいそうに思った少女は,はいていたスカートをその女の子にあげました.
 夜になり,少女が森にさしかかると,そこに着るシャツのない男の子がいて,言いました.「着ているシャツをぼくにください.寒くて死にそうなんです.」少女は少し迷いましたが,その子があまり寒そうなので,着ていたシャツをぬいで,男の子にあげました.
 少女が寒さにこごえながらうずくまっていると,どうしたことでしょう.空からたくさんの星が降ってきて,それがぜんぶ,ぴかぴかの銀貨になったのです.そして,気がつくと,少女はぴかぴかに輝く新品のシャツとスカートを身につけていました.

●2番目のお話
 むかし,ある別のところに,別の少女が住んでいました.その少女は最初の少女のことを聞いて知っていたので,そんなふうになりたいな,と思っていました.
 幸か不幸か,お父さんもお母さんも早く亡くなり,思い通りの貧しい少女になることができたので,さっそく原っぱに出て行って,腹ぺこの男や,はくスカートのない女の子や,着るシャツのない男の子を,探しました.
 運のいいことに,腹ぺこの男の子もスカートのない女の子もシャツのない男の子もすぐに見つかったので,少女は自分の持っていたすべてのものを,気前よくあげまくりました.そんなつまらないものよりも,星の銀貨が欲しくて欲しくてたまらなかったからです.
 少女はうずくまり,いまかいまかと待っていると,思ったとおり,空から星が降ってきて,銀貨に変わりました.少女は満たされた気持ちになりました.ほんとうに価値があるのは,パンや衣服ではなく星の銀貨であることを始めから知っていたからです.

●最後のお話
 また別のところに,また別の少女が住んでいました.その少女は最初の少女のことも2番目の少女のことも聞いて知っていて,なんだか嫌な子たちだな,と思っていました.
 そのうち,お父さんもお母さんも早く亡くなり,なんとまえの2人の少女たちと同じ境遇になってしまいました.でも少女は「わたしはあの子たちとはちがう.星の銀貨なんかいらない.」と決心して,原っぱに出て行きました.
 少女は,腹ぺこの男に会っても,スカートのない女の子に会っても,シャツのない男の子に会っても,同情せずに,その都度,こう言いました.「わたしもわたしの苦しみに自分でたえるから,あなたもあなたの苦しみに自分でたえてね.わたし,あなたに会わなかったことにするわ.だから,あなたもわたしに会わなかったことにしてね.」少女は,みんなが自分の運命を受け入れることを望み,自分も自分の運命をそのまま受け入れたのです.
 少女が寒さに凍えながら,うずくまっていても,星たちは空高く輝いていました.「これでいいわ.これが私の人生なんだもの.何度でもこういう人生をおくりたい・・・」とつぶやいて,少女は死んでいきました.夜空の星たちは,遠くから,その少女を照らしつづけていました.

●あの世での少女たちの会話
 最後の少女が,ほかの2人にこう言いました.
 「あなたたち,もし星が降ってこなかったら,自分の人生を皇帝できなかったでしょうね.人生を恨んだでしょうね.私はちがうわ.星の銀貨なんかなくたって,この人生それ自体を受け入れ,肯定することができるわ.あなたたちなんて,星の銀貨っていう,人生そのものの中にない,虚無によって救われているんだもの.気持ち悪い.幽霊みたい.」
最初の少女がそれに反論して言いました.
「あなたも,あの子と同じ.星の銀貨のことがちっともわかっていない.星はね,気の毒な人たちにパンやシャツやスカートを差し出したら,そのときわたしのこころの中で降っていたのよ.後から降ってきたんじゃない・・・」
最後の少女がその反論に応えて言いました.
「そんなこと,知ってるわよ.あの子だって,その見えない銀貨が欲しかったのよ.あの子もあなたも,やっぱり,ほんとうに欲しいのは銀貨なんでしょ? わたしはそれが嫌なの.わたしはね,その銀貨がどんなものだとしても,そういうものだけは欲しくないのよ.わたし,そういうものを欲しがる人が,いちばん汚い人だと思うわ.あなたたちって,不潔よ.」
すると,今まで黙っていた2番目の少女が口を開きました.
「わたしは始めから,ただ銀貨が欲しかっただけ.この世でも,あの世でも,それがほんとうに使える銀貨なら,どんな種類の銀貨だって,わたしはかまわない.あなたたちって,なんか変.どこか似ている・・・」
最初の少女と最後の少女は顔を見合わせ,最初の少女はその少女を気の毒に思い,最後の少女はその少女から眼をそむけました.